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十国峠 [エッセイ]

 30年前、関西の電機メーカーから関東の自動車会社に転職した頃、職場ではジムカーナが流行っていた。私も職場の同僚に誘われて、何度か参加したことがある。ジムカーナはモータースポーツのひとつで、広い駐車場のような場所にパイロンを置いてコースを作り、車でそのコースを走ってタイムを競う競技だ。スキーの回転競技を車で行うイメージに多少近いかもしれない。

 当時私はPS13シルビアのQ'sに乗っていた。非力なNA(自然吸気)だが一応マニュアルのFR(後輪駆動)だ。当時はシルビアやスカイラインといった若者向けのFR車全盛時代で、多くの同僚が似たような車に乗っていた。ジムカーナのイベントにも20台近く集まっていたような気がする。

 ジムカーナなど存在も知らなかった私は、参加はしてみたが、当然うまく走れるはずもなかった。コースの途中には2本のパイロンの間を8の字を描いて走る部分もあったが、ここはスピンターンできないととても走れない。ジムカーナ経験者の車に同乗して、スピンターンのやり方を見せてもらった。ギヤ1速で時速20kmくらいまで減速した状態で、パイロンの横に入る。入った瞬間にクラッチを切り、ハンドルを切り、ハンドブレーキを引く。その3アクションを瞬間に行うと、後輪がロックされ、車がパイロンの周りを綺麗にスピンする。上手い人だとスピンの回転(180度とか270度とか)も制御できる。達人のジムカーナはフィギュアスケートのように華麗で、タイムも早かった。

 次のジムカーナイベントが間近に迫った頃、ジムカーナに一緒に参加していた職場の友人Nが、今度事前練習に行くけど一緒に来ないかとの誘いを受けた。興味があったのでいつ行くのかと聞くと、金曜の夜に行くという。当時二人とも寮住まいだったので、それぞれの車で一緒に寮を出発した。当時彼はR32スカイラインのNAに乗っていた。

 我々の車は、134号から西湘バイパスを抜け、1号線を箱根峠まで登った後、暗闇の20号線を南下した。途中Nは車を止めた。そこには道路工事用の小さなプレハブ小屋があった。Nは小屋の裏手に回って、赤色のパイロン2つを手に持って帰ってきた(何で在処を知ってたんだろう?)。「後で返しに来るから」Nはそう言ってパイロンをトランクに詰め込んだ。

 さらに南下すると、大きな空き地に出た。そこは十国峠の駐車場だった。灯りは全くなく、漆黒の闇に包まれていた。ヘッドライトで照らされた場所だけが、かろうじて見えた。Nは車を降り、広い駐車場の中程にパイロンを約20m間隔で置いた。そして、「じゃあ練習しようか」と、2本のパイロンの間をスピンターンで8の字に走る練習を始めた。

 お互いパイロンの間を何周かしては、交代した。駐車場にはエンジンの音が響き渡り、タイヤの臭いがした。暗闇の中での練習は最初は勝手がわからなかったが、数十分やっているうちに慣れてきた。そのうち何回かに一回はきれいに8の字が描けるようになった。やがて真夜中の練習は終わり、パイロンを元の場所に返して、家路に着いた。昔のおおらかな時代だったからこそこんな練習ができたが、今のご時世では無理だろう。

 その後参加したジムカーナでは、相変わらずタイムは遅かったが、8の字ターンだけは大分きれいにできるようになった。今でも8の字ターンはやればできると思うが、肝心のマニュアル車が今や絶滅の危機に瀕している。世の流れで仕方ないが、寂しいことだ。
202108 PS13 2.5k.jpg
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